ランニングをやめたくなる日の話。それでも続けている理由

ランニングをやめたくなる日の話。それでも続けている理由 ゆるラン生活

ランニングをやめたくなる日、正直あります。

「走る気になれない」「今日はもういいや」という日が、10年近く走っていてもまだあります。むしろそういう日は、今もそれなりに来ます。

キラキラしたランナーのSNSを見ていると「毎日楽しそうに走っている人ばかり」に見えてしまうのですが、実際はそんなことないと思っています。少なくとも私はそうです。

今日は、そういうやめたくなる日のことを、素直に書いてみようと思います。


今日のランニング

今朝は5時半に起きて、いつものコースを走りました。距離は4km。曇り空で少し肌寒く、正直「走り出すまでが一番しんどかった」という日でした。

玄関を出るまで10分以上ぐずぐずしていて、スマホを見て、水を飲んで、結局「まあ行くか」と靴を履いた感じです。

走り出してしまえばそこそこ調子は悪くなかったのですが、最初から「今日は楽しいぞ」という気持ちではまったくなかったです。


走って感じたこと

ランニングを始めた頃は、「やめたくなる」という感覚に対して、ちょっと罪悪感がありました。「せっかく習慣にしようとしているのに」「続けないといけないのに」という気持ちが先に来て、自分を責めてしまうことが多かったです。

でも最近は、やめたくなること自体は、べつに普通のことだと思うようになりました。

疲れているとき、天気が悪いとき、仕事のことで頭がいっぱいなとき。走りたくない理由は毎回ちがいますが、「体や気持ちが正直なサイン」だと受け取るようにしています。

ただ、走ってみると「来てよかった」と思う日もそれなりにあって、だから完全にやめないでいられるのかなとも感じています。

今日もそうでした。体は重かったけれど、外の空気を吸って少し歩いたりしながら4km動いたら、頭がすっきりしていました。


今日の小さな発見

走り終わったあと、いつも通りストレッチをしながら気づいたことがあります。

「やめたくなる日」って、たいてい体だけじゃなくて頭も疲れているときだな、ということです。

仕事の締め切りが重なっていたり、睡眠が浅かったり、なんとなく気持ちがざわついていたり。そういうときに限って「今日走れるかな」という気分が下がっている気がします。

だとすると、やめたくなるのはランニングの問題じゃなくて、体と心のコンディションの問題なんですよね。

それがわかってから、「今日は無理そうだな」と感じたときは、距離を3kmに減らすとか、ウォーキングに切り替えるとか、あるいは本当に休むとか、そういう選択肢を自分に許せるようになりました。

「やるかやらないか」だけじゃなくて、「今日の自分にちょうどいい量」を探す感覚で走っています。


ゆるく続けるための私なりの考え方

やめたくなる日を「乗り越えなければいけない壁」だと思うと、しんどくなります。

私は、やめたくなる日を「そういう日もある」と受け流すほうが、長く続けられると感じています。

走歴5〜10年になっても、まだやめたくなる日はきます。でもそれは「意志が弱い」とか「向いていない」ということではなくて、ただそういう日があるというだけです。

義務じゃなくて、自分のために走っているので、辛すぎる日は休んでいいし、3kmでいい日は3kmでいい。

そう思っていたほうが、結果的に長く続いている気がします。

投資も似ていて、「毎日チェックしなきゃ」ではなく「コツコツ積み立てていれば大丈夫」という感覚で続けられるのと同じかなと思っています。

やめたくなる日を含めて、それが「続けている」ということなのかもしれません。

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